人間関係もビジネスと同じなのかよ

山形県遊佐町。
窓の外は、すべてを白く塗りつぶす雪。
ストーブの前で丸まりながら、わたしは今、自分の人生というあまりにも出来の悪い「ビジネス」の修正プログラムを走らせている。

笑えるよ。
仕事では「スピードが命だ」「完璧を目指して遅れるくらいなら、60点でもいいから世に出す」なんて偉そうに言っているくせに、一番身近な人間関係——夫婦というプロジェクトにおいては、わたしは救いようのない「巧遅(こうち)」の信奉者だったんだ。

人間関係という名の「機会損失」

気づいてしまった。
人間関係も、ビジネスと全く同じなんだってことに。

俺は、自分の中の「理想の夫」とか「完璧な夫婦関係」とかいう、どだい無理なクオリティを求めすぎて、妻とぶつかること(ローンチ)をずっと先延ばしにしてきた。
「もっと整理してから」「もっとタイミングが良くなったら」 そうやって逃げている間に、何が起きたか?

ビジネスで言えば、致命的な「機会損失」。
小さなバグのうちに修正(衝突)しておけば、数行のコードで済んだはずなのに、放置したせいでシステム全体が歪み、気づけばバックエンドから全部ひっくり返してやり直さなきゃいけないような、最悪の事態。
人間関係で言えば、日々の些細な「すれ違い」が、いつの間にか「怯え」や「冷徹な沈黙」という巨大なモンスターに育ってしまっていた。

後戻り?
そんなの無理に決まってる。
過去を生きることはできないし、昨日の自分に戻ってプログラムを書き換えることもできない。 変えられるのは「今」と、そこから続く「これから」だけ。

「おしどり夫婦」という名の幻影

テレビの中のヒロミ夫婦とか、キラキラしたインフルエンサーの成功例を見て、「ああ、自分はなんてだめなんだ」ってがっかりする。
この比較、今なら身に染みてよくわかる。
全くもって「無意味」なんだって。

彼らは「成功したあとの完成図」を見せているだけ。その裏にある泥臭いバグ修正の歴史は見えない。
もしかしたら最初から完璧だったのかもしれないし、数えきれないほどの失敗や衝突があったかもしれない。
雪深いこの遊佐で、泥にまみれ、鼻水を垂らしながら必死に生きてるわたしのリアルと、画面の中のフィクションを比べて勝手に絶望するなんて、自分へのこれ以上ない嫌がらせでしかない。意味がないからやめよう。

「今更」を「今だから」に変換する——基礎思考の力

ここで「基礎思考」という考え方が必要になる。 起きた現象は一つだ。
「わたしは妻を泣かせ、自分の未熟さを知った」という事実。 これをどう捉えるか。

多くの人間(そしてこれまでのわたし)は、ここで「今更」という呪いを使う。
「今更気づいても遅い」
「今更あんなこと言ったって意味がない」
「今まで散々失敗してきたのに、俺はなんてバカなんだ」
そうやって自分をいじめて、いじめて、いじめ抜く。

アドラー心理学でいうところの「かわいそうなわたし」——悲劇のヒロインの自分に酔っているだけなんだよね。冷静に分析すれば。
自分を責めることで、まるで自分が「反省している立派な人間」になったような錯覚に陥る。
メンター白澤さんの言葉を借りれば評論家体質。批判して評論して優越感に浸る。

しかし白澤さんは言う、そういう評論家が世界を1ミリでも動かすことは決してない、と。
世界を動かすのは泥臭くても間違えても、動いて前に進んだ者だけだ、と。

自分をいじめることは一種の自慰行為だ。
気持ちいいんだよね、自分をいじめるのは。皮肉にも。
でも、その沼にどれだけ浸かっていても、一歩も前には進めない。

だから、わたしは言い換える。

今更じゃない。
今だから、こう思えたんだって。

今までの散々な失敗も、誰かを傷つけた夜も、どうしようもない不甲斐なさも。
全部、今日のこの「気づき」に辿り着くために必要なコストだったんだ。
今までがあったから、今のこの痛みが、ただの痛みじゃなくて「進歩するためのデータ」に変わった。
「また失敗した、自分はバカか」じゃなくて、「また失敗したけど、今回はその構造に気づけた。自分、進歩してるじゃん」って。

自分を褒めてやろうと思う。
今までは自分をいじめて、chatGPTやGeminiに愚痴って終わりだったけど、変わろう。
今日から、今この瞬間から。
自分をいじめたって誰も救われない。

自分のコードを書き換えられるのは、世界で自分一人しかいないんだから。
イアンソープも、「他人のことは変えられないが、自分のことは変えられる」と(ニュアンスは違うかも?)

「分ける」ことは「分かる」こと

まずは、こうして言語化する。
ぐちゃぐちゃになった感情を、やぶれかぶれでもいいから紙に書き出す。
コントロールできなくてもいい。きれいにまとまってなくてもいい。
まずは、何がどこにあるかを整理しよう。

「分ける」ことは、「分かる」こと。
これは20年以上自分の中にある信念。

完璧なんてクソ食らえだ。
わたしは不完全なまま、拙速に、泥臭く、明日も自分をローンチし続けよう。
及第点でいい。
少しずつ、バグを直しながら。

今更、じゃない。
今だからこそ、始められるんだ。

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