担々麺から学ぶ人生

大好きな酒田のラーメン屋に並んでいた時のこと。
私は何度も来たことがあり、混雑していたので店内に入って名前を書いて外で待っていた。
すると、ある男性がやってきて「ここが最後尾ですか」と聞かれたので、とっさに「はい」と答えた。
しかし、近くにいた別の男性が「店の中で名前を書いて待つんだよ」とその男性に教えてあげていた。

その光景を見て自分は反省した。
確かに聞かれたことへの回答としては間違いではなかったが、このラーメン屋に並ぶという本質からはずれた回答である。
なぜなら、「最後尾である=並んで待つタイプの店」ということであるが、この店はそうではなく、記名制だからいくら列に並んで待っていても何の意味もない。
状況を目の当たりにして、自分は反省した。

なぜ最後尾かと聞かれたときに、つい数分前に自分がした記名のことや、その店が記名制で待機する店であることを、とっさに想起できなかったのだろうかと、少しそのことで考え込んだ。

が、すぐに思考が切り替わった。
今回その男性に対してちょっと申し訳ないことをしてしまったけれども、自分にとっては良い経験になったと思うことにした。

次に似たようなことがあったとき、きっと自分はより理想的な回答をすることができるだろうし、もし自分でない人が「最後尾か」「はい」の問答をしているのを目の当たりにしたときに、自分から進んでより良い回答に導いてあげることができるのではないだろうかと考えた。

起きている現象は同じ。
それを何とも思わないのもよし。
反省するのもよし。
1日中くよくよするのもよし。
それぞれどれもその人の捉え方である。

しかし、現象とその捉え方は本当に様々で、いつまでもくよくよしていても何も始まらないし、時間は流れるし、人生は続いていく。
それならば少しでも前向きに捉えられるようにしていきたいと私は思う。
これからの人生はまだまだ長いのだから、それに最初から完璧に振る舞える人もそんなにいないと思う。
完璧に振る舞えているように見える人は、意外と過去にいろんな失敗や経験をしているのかもしれない。
それで良いのだ。

いきなり100点なんて取れっこないし、取る必要もない。
大事なのはより100点に近づきたいと思う気持ちと、そのための前向きな気持ちだろう。
100点を目指して90点だったときに、ものすごく喜ぶ人もいれば、「あと10点なぜ取れなかったのだ」と落ち込む人もいるだろう。
その落ち込みが次へのバネになれば良いのだが、それを機に学びを辞めてしまうのは非常にもったいないと思う。

ただラーメン屋に並んだときの出来事だが、私はそんなことを考えながらとてもおいしい坦々麺を一杯いただいた。よし剪定頑張るぞ。

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