常識をひっくり返す思考法、オセロ理論
整体院=通わなければいけない→通わない整体院があったら?
エステ=触らなければいけない→触らないエステがあったら?
講義ではリステリンの例が紹介されていた
モテない理由は容姿や学歴などと思われていた時代に「口臭が原因かも」と打ち出して大売れ
しかもそれまで口臭と言う言葉自体も無かったと言う
農家としてピンとくるものがある
シャインマスカットだ
今や誰もが大好きなぶどうである
それまでは巨峰などの品種が主流で「ぶどうの皮は剥くもの」だった
品種開発をしていく過程でシャインマスカットが出来上がったが、どうしても皮が薄すぎて「皮が剥けないぶどう」という一見失敗作とも捉えられる
しかしここでオセロ理論
皮が剥けないなら、皮を剥かなくていい、皮ごと食べられるぶどうとして売り出そう!となり、老若男女が大好きなぶどうとなり、もはやぶどうといえばシャイン、といってもいいほどの地位を確立している
そして、皮を剥くぶどうは根強い人気はあるものの、今やタイパの時代、ひっそりと陰を潜めている
なるほど、発想の転換、といえば聞きなじみのある言葉だが、オセロ理論は更に先を行く
常識をあえてひっくり返す、黒を白にすることで次々と新たな発想が生まれ、気づいたら盤面は白一色に
ある意味、わたしが今やっていること、やろうとしていることも時代の逆行かもしれない
SNS、動画時代に、あえて活字の本、漫画、絵本の制作をしている
確かに人が同じ情報を見た時に印象に残りやすいのは文字よりも画像、画像よりも映像というのは科学的にも証明されている
わたし自身、SNSも動画も着手しているものの、その土俵で何十歩も先をゆくインフルエンサーたちに到底追いつける気がしないのは薄々感じていた
であれば、あえて動画じゃない、ショート動画でもない、あえて退化(と言っていいのか?)させる
印象に残りやすい=至上というわけでもないと思う
むしろ昨今の動画は流し見で返って何の印象にも残っていないのではないか、という仮説
今の昭和世代によくあるテレビの流し見と媒体が変わっただけでは?昨日見たテレビ番組を覚えていない
それは常に受け身だからだと仮説をたてている
自分から行動するのは最初にリモコンで電源を入れること、サイトにアクセスすることだけで、あとは放っておいても垂れ流されてくる
いやいや気に食わなければチャンネル変えるし、スワイプして飛ばしているよ、というかもしれない
でも、やってることはそれだけ
文字の本や漫画は、自分で毎ページめくらないと先に進めない
能動的な分、脳の記憶に残りやすいのではないか
この分野からオセロ理論を展開してみたいと思う

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