無駄なことなんて何ひとつない

今、わたしは「植物ホルモンと硝酸態窒素」の関係について新発見された論文について、わかりやすくまとめた本を執筆している。
硝酸態窒素と聞けば、農家であれば「あ、肥料だな」とすぐに分かるだろう。
しかし、わたしは肥料を使わない自然栽培をしている。なぜそんな農家が硝酸態窒素に関する本を書いているのか。
それは植物ホルモンが大きく関係しているからだ。
植物ホルモンは肥料を使おうが使うまいが、植物の体内の中にあり、等しく作用しているもの。それをうまく活用することでより元気な作物を育て、よりよい収穫物を得ようとするのがわたしが目指している自然栽培である(ここでは説明を省きますが自然栽培と一言で言ってもいろんな考え方があります)。

わたしは11年の青果市場で野菜の流通に関わり、1年の広告業を経て、移住して山形県鶴岡市の農業学校へ入校しました。その学校では2年の研修期間でしたが、結論から言って、わたしは2年も在籍する意味が無いと思い1年と1か月でその学校をやめました(当初は開校当初であり、今はカリキュラムも充実していると思う(知らんけど)ので、2年という時間が意味が無いと言うこともないと思います、たぶん)。
実際、その学校にいる間にもらった資料や座学のテキストなどを引っ越しの時にひとつの段ボールに入れて今の遊佐の家に持ってきましたが5年間一度も段ボールの封を開けることがなかったため、先日全部古紙としてリサイクルに出しました(笑)
ではその1年と1か月は無駄だったのか?答えはNOであり、今行っている執筆活動において非常に役立っています。学校にいる間は学校も推していた有機栽培に心酔していました(今の学校はたぶん推してません)。経験と勘で行われてきた農業。それをなんとか体系化して、言語化して、再現性を高める方法を模索し続けました。YouTubeでも少し触れましたが、そのための最短ルートを教えてくれそうな師匠にも出会いました。その師匠にはわけあって破門されました(YouTube見てね)。でも今は自然栽培を本気で成功させたいと思っているし、それが出来ると信じて邁進しています。
じゃあやっぱりその1年と1か月は無駄じゃん、有機質肥料も何も使ってないじゃんと言われれば、畑の上ではそうかもしれませんが、畑を見る目、植物を見る目として言えばそんなことはありません。肥料を土に入れないからと言って、肥料分の知識、栄養素の知識が無駄になることはないと思ってます。その知識がまさに今執筆している本に活きてます。それが無くても本を書くことは出来たと思いますが、その厚みを増すことに非常に貢献しています。なぜならば、わたし自身は自然栽培農家ですが、学校にいたときに学んだ知識経験があることで、慣行栽培農家だったらこの現象をどう捉えるか、有機栽培農家だったらどういう目線になるか、という視点を持つことが出来ています。純粋に最短ルートで自然栽培農家になっていて、自然農信仰心が強かったら、こうは出来なかったと思いますし、たぶんそもそもこの本を書こうとすら思ってないと思います(肥料?ホルモン?そんなの関係ねぇ!自然万歳!)。

「無駄なことなんて何ひとつない」
この考え方を一番最初に教えてくれたのは「.hack」というプレステのゲームでした。確かわたしが高校生くらいの頃だったので20年以上前です。「.hack」はソードアートオンラインの世界観によく似ていますが、SAOが流行るずっと前にあった没入感型のゲームだったと思います。そこに出てくる猫のキャラクターが言ってたはずです。そしてその声は、コナンや乱太郎でおなじみの高山みなみさんだったと記憶してます。
昔はゲーム大好きでしたが、今はゲームをほとんどしません。理由はやり始めるととことんプレイしてしまうから。本当はやりたいです。ポケモンとかやりたい。でもゲームは時間を浪費します。適度にやればストレス解消にもなるし、こういう学びもあったりする。わたしはゲームとその攻略本で漢字の多くを学びました。だから一概に「ゲーム=無駄」とは思いませんが、付き合い方を間違えると薬物並みに依存性がある。自分ではどうにもできなくなる。それが分かってるのでやらないという選択をとっています。あと、ゲームやTikTok、YouTubeショートって「ああ~自分って消費者だなぁ」ってつくづく思うんですよね。特にTikTokやYouTubeショートって無料なので「消費」している概念がないかもですが、わたしからすると「すんげぇ時間の売り渡し」をしている感覚になります。時間って、お金よりも貴重ですよ。少なくともわたしにとってはそうです。あ、嘘です、お金も貴重です笑 わたしもYouTubeショートはたまに見ます(TikTokはほぼ見ない)。でも見るのは調べたいことや目的があるときだけ。見ようと思えば無限に見れることもわかってますが、貴重な時間を目的もなく明け渡すことになるから3分以上見ないことにしてます。適度に見てストレス解消、推しの新しい一面が見れた!とかで終わらせられたらいいと思いますが、ただただ流れてきた次の動画を目的なく見ているのは、貴重な時間を捨てているのと同じだなぁって思います。フードロスに関しては昨今敏感な人が増えていますが、時間の無駄遣いに関しては一層無頓着な人が増えているように思います。むしろTikTokとかってそういう人を増やす構造になってますよね。ザ・消費者。わたしだったら、そんな時間があるくらいなら、一文字でも執筆し、漫画の一コマでも描き、動画編集を5秒でも進める生産者でありたいなと思います。

こんなこと書いて、TikTokやYouTubeショート、ゲームが大好きな人は気分を害されたかもしれませんが、一切が無駄と言っているのではなく、もし少しでも「このままでいいのかなぁ」「このままじゃやばい」と思っている方への気づきになれたら嬉しいです。「いや、わたしはこのままでいいんだ!わたしの自由時間はTikTokを見続けることに捧げるんだ!」という強い意志があるのならどうぞ継続されたらいいと思います。人の価値観はそれぞれ。TikTokを見続けた時間がいつの日か、何かの着想になったり、創造的な何かに化けるかもしれません。そういう意味では、やっぱり無駄なことなんて何ひとつないんですよね。

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