(このブログは健康器具に乗ってブルブルしながら音声入力したものです。手で打つより圧倒的に速いし、あいほんの音声入力かなり正確でビビる)
走り出したもの、走り続けたものの特権、
評論家体質の人が成功できないと言うのは、やはり理にかなっていると思う。帰納的な証明の方法だが、評論家体質ではなく、まずやってみると言うスタンスの私が得られたたくさんの財産がそれを証明している。へたくそでも走り出すことで走り続けることで本当に本当に学びが多いと言う実感が強くある。
私はもともと何の才能もない。まぁ今もあるわけではないが(笑)
しかしそんな私でも走り出すことによっていろんな才能と呼んでも良いものを得られている。例えばアイデアの泉。今漫画執筆活動をしている。そのことにより今書いている内容の+ αはもちろんのこと全く関係ないことについてもアイディアがどんどん湧いてきている。
私はもともとこういう発想力とかアイディアに関して全くの自信がなかった。なんか企画してよとか、なんかアイディア出してよとか、そういう質問、提案が1番苦手だった。でも、ある時期を境に、アイディアが溢れて止まらない体質になってしまった。
その大きなきっかけが漫画である。漫画を画才の一切ない私でも書くことができるツールに出会って書きたいこと。これから書くべきことのアイディアが次々出てくる。むしろアイディアがありすぎて処理しきれず困っている(笑)これは本当にありがたい出会いだったと思うし、これからの人生を大きく変えるきっかけになるとなったと、数年後数十年後思うだろう。漫画に出会った1ヵ月後の今時点でもそう思うのだからきっとそうなるに違いない。アイデアマン、私が30年以上憧れてきた。憧れながらも自分には縁のない称号だと思ってきたが、今となってはそのアイデアマンそのものになってしまった。それは漫画がきっかけが引き金になったのは言うまでもないが、それを機に走り出したことが、そして1ヵ月以上経っても走り続けたことがその功績となっているように思う。これからも巧遅拙速を胸に走り続けたいと思う。
この言葉は言い得て妙で正しく私が初期に出した漫画の拙さと言ったら、目も当てられない(笑)しかしその拙くも走り出した、その道中があったからこそ今があるのであって、正しく巧(うま)く時間をたっぷりかけて仮に今のパフォーマンスを出せたかと言うとそれはないと断言できる。何が言いたいかと言うと、物事の上達に知識や評論はほとんど重要ではなく、経験であると言うことだ。もちろん闇雲に経験すればいいの良いと言うわけではない。経験+トライ&エラーだと思う。かっこよく言えば、PDCAサイクルをひたすら回すことだ。恥を忍んで言わせてもらえば、PDCAのPとDの間にあるリサーチと言う作業が私はいまだに苦手である。これも時間をかけて磨くべきスキルなのかもしれない。しかし私が至った結論は、苦手な今はそんなに手をかけなくていいんじゃないかとも思っている。それこそ拙くも走り続けて走る。走りながら、少しずつずつ修正、磨き上げていけば良いのではないかと言う結論に至っている。もちろんリサーチが大事ではある。でもリサーチをいくらしたからって良い成果のものができるとは限らない。であるならば、リサーチが苦手な私はリサーチは最小限に留めながら、成果物を仕上げる。スピードを上げて、結果的に全体のスピードを上げることの方が重要だと思っている。
四の五の言ってきたが、今とても楽しい。
ぶっちゃけ、今までの人生で漫画を描きたいとか本を出したいとか強く思ってたわけではないし、夢に思っていたわけでもない(ぼんやりとは思っていた、できたらいいなぁくらいには思っていた)。でも今私がやっている事は情熱を注いでいる事は、何か大きな意味につながっているんじゃないかと思っている。言葉を選ばずに言えば、自分のやっていることが誰かの役に立てるんじゃないかと言う気になっている。自己満足かもしれないし勘違いかもしれない。その答えは今出すべきじゃなくて、もっともっと走り続けた。先にあるんじゃないかと私は思っている。まだ見ぬ貢献感。これを胸に走り続けたいと思う。

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